立川

2017年4月13日2017年4月13日

立川は多摩地区の首都なのだそうだ ( 笑 )
こんなことを書くと、八王子の人が起こるらしいが、何せ越して来て半年の田舎者が聞きかじって書いていることなので。
まぁ、確かに我が国分寺からすれば、立川は見上げるような都会の顔である。
なんだかんだ言っても、国分寺は長閑なのである。

こういう街に来ると、小さいカメラで撮りたくなる。
路地から路地へ。
都会というのは表情も豊かなのである。
どこの街も似たようなもの、という人もいるが、そこはそれ。
気持ちの持ちようなのである。

僕は写真の原点というのはストリートスナップにあると思っている。
ニセフォール・ニエプスが残した最古の写真は、窓からの街の眺めであった。
近頃は小賢しい理屈をこねまわす連中によって撮りにくくなっているが、アナタが今朝何時に起きて、どこに行って、何を食べてといった、アナタが誰も知らないはずと思い込んでいる事は、その筋がその気になりさえすればあっという間にわかってしまう世の中なのである。
そんな楽しい夢を見ている人たちの世迷い言に付き合ってストリートスナップが淘汰されてしまう、なんて事はあってはならないのだ。

ラジカセ

2017年4月13日

今日、昼休みに同僚と「ラジカセ」の話になった。
その話題が成立するのだから、話し相手は同年代である。
僕よりいくらか若い連中は、初めて手に入れたラジカセがステレオのダブルカセットだったとか、さらに若いと CD プレイヤーが付いていたとかだが、僕はモノラルのカセットも一つだけのものだった。
確か小学生の頃に、家の何かの家電を買い換える商談に、こっそりと紛れ込ませたのである。
同時期に初めて自分の部屋を与えられて、自分の権利でチャンネルを独占できるラジオに俄然興味が湧いていた頃だ。
当時は自分の部屋にテレビなんて夢のまた夢であった。
ウチにもラジオはあったけれど、それはお爺さんがナイターを聞くのに必要なものであったから、僕にはなかなか「くれ」とは言い出せない代物であった。

さぁ、購入の許可が下りると、出入りの電気屋さん ( 昔は家電量販店に行くよりも、馴染みの電気屋さんで買うことが多かった ) にカタログ一式をもらって来た。
そこからは文字通り「寝ても覚めても」である。
あちこちで聞きかじった情報をカタログに書き込み、学校以外どこに行くにも持ち歩き、暇を見つけては「ラジカセのカタログ」を眺め続けた。
家族で食事に出かけるときにも持っていたら、さすがに父にいい加減にしろと叱られた。

諸条件 ( 主に価格 ) をクリアして、その前提で「これ」だと決めるには、その調子だからかなりの日数がかかった。
小学校の 4 年か 5 年の頃に買ってもらったそれを、僕は高校まで使っていた。
高校に入ると、今度はダブルカセットのステレオラジカセを入学祝いに買ってもらった。

書き込みだらけのカタログは引っ越すまで実家にあった。
ソニーだかの、当時としてはそこそこの値段のものだったと思う。
僕はそれでラジオを聴きながら、中学の頃の定期考査の勉強や高校受験の勉強を、深夜までやっているフリをしていた。
深夜放送が華やかりし頃で、当時のトップアーティストたちが深夜放送をやっていた。
次々にかかるヒットナンバーに心奪われた。
勉強どころではなかったのだ。

いつの頃からか、何かを買うのにカタログを貰わなくなった。
昔は必ずもらって、それを眺めては吟味し、想像し、悦に入ったものである。
初めて買ったラジカセに CD プレイヤーが付いていたと宣った氏に聞くと、彼はそれを買うのにカタログは貰わなかったという。
量販店に行って、予算に見合うものを「さっ」と選んで買ったという。
それをいつまで使った?と聞くと、覚えていないそうだ。

買い物ひとつにもドラマがあった。
そんなのは年寄りのセンチだとからかわれるだろうか。
僕は今でも、そのラジカセの電源スイッチやカウンターをリセットするボタンの感触を、はっきりと思い出すことができる。

さくら

2017年4月12日2017年4月12日2017年4月12日

この季節になると、ベタなのだけど聴きたくなる歌の一つ。
PV の撮影場所が近くにあると聞いて、少し足を伸ばした。
歌詞の内容に自分の記憶を重ねる、というようなドラマティックな経験もないのだけど、これを聴けば、過去にして来たみっともない、あるいは顔から火の出るような淡い思い出を脳内で再生してしまう。
まァ、記憶なんていうのは便利なもので、その中で僕が想いを寄せていたのは PV に出演していた鈴木えみさん並の美人なのである。

最初の写真と二番目の写真に写っている建物が PV の中でも見ることができる。
桜の木自体は、この PV のために植えられたものらしく、残念ながらそれらしいものは見えない。

夜はやさし

真夜中の街は憧れだった。
九時には布団に入るように言われていた頃、真夜中の街を想像してワクワクしていた。
真夜中の学校はどんなだろう。
いつもバスの中から見る、あの橋の欄干にある街路灯はどんな色だろう。
デパートのネオンはどうだろう。
テレビで見る夜の街の様子を重ね合わせて、今すぐに飛び出して行って見てみたい衝動に駆られていた。

自分の意思で自由に夜の街に行けるようになったのは、やはり高校を卒業した頃だろうか。
自動車の免許を取ったことが、僕の行動をずいぶん自由にした。
夜な夜な僕は子供の頃に見たかった場所の夜の風景を確認するために出かけた。
好きな音楽を聴き、好きな場所へ好きな時間に好きなように出かけられる。
ああ、何と自由なのだろう、と思ったのだ。

それからしばらくすると、僕は夜の街へ酒を飲みに出かけるようになった。
酔っ払ったサラリーマンの姿や艶かしいドレスに身を包んだ女性たち。
それまで何度も通ったことのある場所が、夜には全く違う顔になるのを知った。

上気した顔を風が撫でるのが気持ちいいのを知り、僕はでたらめに街を歩くようになった。
その行き先には、あの頃に布団の中で想像してワクワクしていた場所があった。
真夜中の学校は、本当に怪談に出てくるような不気味な場所になっていた。
あの橋の欄干にある街路灯は、何の味気もない白色でがっかりした。
デパートのネオンは明るく街路を照らしていて、テレビで見た通りだった。

それから …。

朝が来なければいいと祈る夜があった。
夜はいつも優しく、僕はそれに包まれて眠る。
やがて朝が来ると、僕はひたすら夜を待つようになった。

フィッツジェラルドは、そんな僕と一緒に酒でも飲んでくれるだろうか。

彼は、チューリッヒの真夜中どきに、街頭の光の向こうに見えるよその家の食器部屋などをじっと見つめながら、自分はいい人間でありたい、親切で、勇敢で、賢明でありたい、だがそれはいかにもむずかしい、などとしょっちゅう考えていた。そしてまた愛されたいとも考えた。もし自分がそれにふさわしい人間であるならば、と。