「ai nikkor 50mm f1.4」タグアーカイブ

名古屋

過日

先週末には名古屋へ野暮用で出かけた。
閉めっぱなしなので、湿気ったような匂いがする実家の風通しをして、ガスのメーターに取り付けたガス漏れ検知の機械を取り外しに業者が来るのを待った。
何も手をつけていないので、本当に隣の部屋から父か母が顔を出しそうだった。
母が亡くなって 3 ヶ月、父は一人で、この状態の家で毎日暮らしていたのか、と思うと胸が痛む。
きっと父も、ふっと母が現れそうな気がしていたに違いない。
口には出さなかったか、寂しかったに決まっている。

作業そのものは数分で済んでしまった。
窓を閉めカーテンを閉じ、玄関で靴を履きながら、あの日の事を思い出していた。

名古屋は梅雨の晴れ間で暑く、湿度の高い、いかにも名古屋の夏といった様子だった。
妻は、僕が用事を済ませている間、デパートに出かけていたので迎えに行く。
歩き慣れた道を歩き、走り慣れた道を走り、それでも帰るところは、そこから 4 時間ほども車を運転してたどり着く場所なのだ、と思うと何やら不思議な気持ちがした。

ヘインズ

過日

これに行きたいんだけど

僕は青年期の男の仕草そのままに、つっけんどんに父にパンフレットを見せた。
アメリカへの交換留学。

「金はあるのか」
バイトで貯めたのはあるけど全然足りない
「じゃあ、出せってことか」
そう

父はふんと鼻を鳴らすと、黙ってパンフレットを見ていた。
それ以上何も言わなかった。
かくして、一人暮らしの経験もない僕は、約一年の間、家を離れることになった。
僕は一人息子で、両親の庇護の元、何一つ不自由のない生活をしていた。
欲しいものはほとんど手に入ったし、だいたい「欲しい」と口に出すことすらあまりなかったほどだ。

そんなボンボン育ちの僕でも、このままではダメだと言うのは感じていた。
家を出ないと、何も始まらないと思っていた。
父も、そんな僕の思いを察していたのかも知れない。

カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校では、学校の寮に入った。
寮といってもほとんどアパートで、僕の部屋にはルームメイトがいた。
中国人だったが、身長が 2m 近くもある男で、体臭がきついのには閉口した。

最初の 2 週間くらいは、あっという間に過ぎた。
授業は当たり前だが全て英語なので、耳が慣れてくるまで、さっぱり要領を得なかった。
部屋に帰ると、その日の復習と翌日の予習。
それをきちんとやらないと授業についていけないのだ。
だから一日はものすごいスピードで過ぎていく。
一人暮らしの、細々した面倒ごとを苦にする暇さえなかったのだ。

そんなある日の夕方、ポツンと時間が空いた。
いつもはカフェでコーヒーでも飲んで過ごすのだけど、その日はぼんやりと寮まで戻っていた。
まだ携帯電話なんかない時代なので、寮の中庭には公衆電話が置いてあった。
僕は日本に電話をかけた。

日本を出る時、英語で電話がかかってきたら、それは僕でコレクトコールの確認だから「イエス」って言えばいいから、と念を押して置いたから、電話はすぐに繋がった。

「どうだ」
うん、元気でやってる
「そうか」

男同士など、こんなものかも知れないが、僕は全身の力が抜けるほど安心した。
母に代わると、体調のことから食事、そして洗濯に到るまで微に入り細に入り話をした。

電話を終えてから、僕はこの数日洗濯をしていないのに気づき、部屋の片隅に重ねて置いてあった洗濯物をランドリールームに持って行った。
下着やらシャツやらを放り込んで、ぐるぐる回るタンブラーを見ていた。
さっきの両親とのやりとりを思い出していた。
僕は初めて「ホームシック」というものを知った。

うっかりジーンズと白い T シャツを一緒に洗ってしまったので、T シャツが青く染まってしまった。
綺麗に染まっていればいいのだけど、かなりムラに染まってしまったので、学校の生協のようなところでシャツを買うことにした。
ヘインズのパック T シャツ。
真っ白な  T シャツは、赤く焼けたカリフォルニアの夕日に染まっていた。

2017年6月3日

先般、友人のテンペラ画という手法による作品展を見てきた。
テンペラ画とは何か、という疑問は甚だ正当なのであるが、説明が面倒くさいのでリンクを貼る。

2017年6月3日

大変に愛らしい絵画であるが、少し角度を変えると大変にシュールである。
僕は全くの門外漢であるので、こういう場合にどう表現していいのか悩むところだが、テンペラ画の特徴である発色の豊かさと題材との接地が波打つような不安を喚起する。

2017年6月3日

技法としては大変手が込んでいるのだけど、それは二元的な話だろう。
絵画である以上は、それとして見て、どう感じたかが重要である。

僕は見ている間、ずっと連想する作家があった。
文章の一節が浮かぶのだけど、どうしても作者の名前が浮かんでこない ( 笑 )
もう末期的だな、と自虐していたのだけど、先ほどその謎は瓦解した。
稲垣足穂であった。

ある夕方 お月様がポケットの中へ自分を入れて歩いていた 坂道で靴のひもがとけた 結ぼうとしてうつむくとポケットからお月様がころがり出て 俄雨に濡れたアスファルトの上を ころころころころ どこまでもころがっていった お月様は追っかけたが お月様は加速度でころんでゆくので お月様とお月様との間隔が次第に遠くなった こうしてお月様はズーと下方の青い靄の中へ自分を見失ってしまった

もちろん補完したが、想起された一節とは、まさに「一千一秒物語」の一節であった。

2017年6月3日

A と V と P の感覚の話は別として、足穂に至る自分のプロセスが何とはなく視点が右往左往する現状を、主体性のなさが嘲笑していることを、改めて認識させるのである。

春がきて君は

2017年4月2日

そろそろ桜も咲いたか、と近所を散歩してみたが、まだ押し並べて五分咲き程度。
場所によっては七分から満開近いものもあったが、見頃は来週末くらいだろうか。

桜を歌い込めたものは数多あるが、日本人の心情と桜は何か共鳴するのだろうか。
今日は散歩しながら、この歌を聴いていた。

また春が君をほほえませたら
僕を思い出して 幸せな時に

笑う

2017年3月5日

じっとしていると余計なことばかり考えてしまうので、陽気も良いことだし、久しぶりにオートバイを動かした。
オートバイはバランスの乗り物なので、ぼんやりしていると非常に危ない。
だから跨ると自然に他のことを考えなくなる。
それがとても有難かった。

2017年3月5日

一頻り走ってバイクを降ると、近くのお宅の庭から梅の花が笑いかけていた。
コロコロとよく笑う。
僕は少しだけ笑った。

ひな祭り

2017年3月4日

昨日はひな祭りだった。
昨年も受験、上京とバタバタしていて、とてもお雛様を飾る余裕なんかなかった。
今年も今年で、図らずも一層余裕のない時期となってしまった。

今朝になって、ムスメの部屋に取りに行くものがあって、ちょいと覗くと、こんな可愛らしいお雛様が並んでいた。
それも今朝にはちゃんと裏返しになっている。
そうか、ムスメはちゃんと嫁に行く気なのだな ( 笑 )