「black and white」タグアーカイブ

檸檬

2017年5月20日

なぜ、さだまさしの「檸檬」は、この聖橋のあるお茶の水界隈なのだろう。
「檸檬」と聞いて、あの梶井基次郎の「檸檬」を連想する人は少なくないだろう。
身体の弱い、精神の細い青年の心を晴れやかにした、その檸檬爆弾が置かれた丸善は東京ですらない。

2017年5月20日

「あの日湯島聖堂の白い石の階段に腰掛けて」
湯島聖堂は幕府が設置した学問所で昌平坂学問所という。
その後の東京大学や師範学校の礎になったのは言うまでもないが、そのせいか、この辺りにはキャンパスが多く、学生の姿をよく見かける。
この昌平坂学問所では各地から秀才たちが集められ、初期には朱子学が奨励されていた。いわば幕府のお墨付きをもらった学派は対立する者たちを弾圧したとされている。

2017年5月20日

梶井基次郎の描く「檸檬爆弾」は、まさに鬱屈した気持ちを晴らす想像上の術であった。
そうした鬱々とした思いは若さの象徴でもあり、それは昌平坂学問所に通う渡辺崋山や鳥居耀蔵らも抱えていた思いではなかったか。
また弾圧の対象となった者たちも同様であり、そうした思いを抱えつつ聖橋の掛かる前のお茶の水渓谷を見つめた若者たちは、湯島聖堂の石段に腰掛けて檸檬を齧った少女と同様に「捨て去る時にはこうして出来るだけ遠くへ投げ上げるものよ」「消え去る時にはこうして出来るだけ静かに堕ちてゆくものよ」と青春を断念したのではないか。
青春たちの姥捨山今昔である。

バンバンの「いちご白書をもう一度」に「就職が決まって髪を切って来た時に」という歌詞がある。
人生は絶えず取捨選択である。
何かを得れば、何かを失う。
その、謂わば決別の歌が「檸檬」なのではないか。

夜バラ

2017年5月16日

一応自宅安静中なのだけど、何だかんだと引っ張り出される。
まァ、そうして呼ばれるうちが華なので、無理のない程度 ( これが一番難しい ) に出ている。
日中にウチで一人でいると、かなり余計なことを考えてしまう。
ちょっとくらい散歩してくるのもいいのだけど、もう部屋で転がったまま 4 時の声なんぞ聞いたりすると、もう外に出る気力がなくなる。
無気力中年の出来上がりである。

この写真も昨日、夜になってからいやいや近所のコンビニに行った時に撮ったもの。
これでは身体がよくなる前に精神的にダメになりそう ( 笑 )

富士山

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Flickr のアーカイブを何気なしに連々と見ている。
2013 年の今日は、こんな写真を撮っていたらしい。
いや、正確に言うなら現像した、と言うべきか。
36 枚なりを撮りきらないと現像できないので ( できなくはないが、勿体ない )、当日に撮ったものとは限らない。

カメラは EOS7。いただきものである。
レンズは SIGMA Zoom γ II 21-35mm F3.5-4.2 AF。語弊があるかも知れないが、まァ、可もなく不可もない広角レンズである。
フィルムは EASTMAN Double-X ( 5222 )。EI は 200 のようだ。
R09 で 1:60 20℃ 7’00″。

自家現像もしなくなって久しい。
越してきてからは一度もしていないのだ。
一日一本撮って、その日のうちに現像してスキャンまでしていた頃が懐かしい。
現像も今くらいの時期が一番水温も安定していて良い時期なのだ。

ふーむ。
やっぱりフィルムは手間そのものが良かったりするんだな。

2017年5月13日

自分の部屋から夜の外にレンズを向けた写真をどこかで見た気がした。
思い至ったのは木村伊兵衛翁である。
晩年、体調が思わしくない頃、自宅の部屋から外を撮影した写真を思い出していたのだ。

漫然とした重苦しい憂鬱。
体調をおかしくしていると、ずんと心に重しを乗せたような気分になることがある。
窓の外を見ると夜の闇が広がっている。
自分が、その闇の中に沈み込んでいくような感覚に見舞われる。
闇のひんやりとした感覚。
その暗闇を覗き込む時、ふとニーチェの「怪物を倒そうとする者は、自らが怪物とならぬよう気を付けよ。お前が深淵を覗くとき、深淵もまたお前を覗いているのだ」という言葉を思い出す。
これは怪物を倒すくらいの力を持った時、自分も怪物となりうるのだ、という意味だが、暗闇を眺めていると、その奥から何かがこちらを見つめているような錯覚を起こす。

木村翁が何を思っていたかなどは分からない。
しかし、その写真から感じ取った「ひんやり」とした冷気は、たった今僕も感じることができる。

静養

2017年5月5日

どうも調子が悪い。
疲れているのか、精神的なものか。
昨日も突然激しい腹痛に見舞われて大変な思いをした。
一旦リセットしてみようと、今日は思い切って休むことにした。

さて休みなんだから思う存分寝てりゃ良さそうなものだけど、目がすっきりと覚めてしまう。
取り立ててすることもないので、ぼんやりと録画してあった映画を見て、昼ごはんを食べ、読みかけの本を読む。
リセットになったかどうか分からないけれど、静かな一日を過ごしている。

障子の向こう側

2017年5月5日

僕がまだ二つか三つくらいの頃、実家で撮られた写真に、こんな背景で僕が座っている写真がある。
実家は僕が幼稚園に入るかそこらくらいで改築していて、写真はそれ以前もものだから、昭和でいえば 43 年とか 44 年とかだろう。
もちろん今でも和風の建築で家を建てる人も相当数いるのだろうが、当時は「建てる人もいる」のではなく、まだ和風の方が一般的だったと思う。
どの家に行っても居間は和室だったし、フローリングの部屋の方が畳の部屋よりも少なかった。
和室と和室の境には襖があり、和室が部屋以外の場所と接する所には障子があった。

向こう側に光源がないとこうはならないので、その条件から類推すると僕の写真に写る障子の向こう側は短い廊下だったはずだ。
僕の写真に写る障子の向こう側の人は誰だろう。
当時はまだ祖父も叔父も叔母も家にいたし、写真には僕しか写っていないのだから、たくさんの可能性がある。

そんなことを考えながらシャッターを切った。