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夜はやさし

真夜中の街は憧れだった。
九時には布団に入るように言われていた頃、真夜中の街を想像してワクワクしていた。
真夜中の学校はどんなだろう。
いつもバスの中から見る、あの橋の欄干にある街路灯はどんな色だろう。
デパートのネオンはどうだろう。
テレビで見る夜の街の様子を重ね合わせて、今すぐに飛び出して行って見てみたい衝動に駆られていた。

自分の意思で自由に夜の街に行けるようになったのは、やはり高校を卒業した頃だろうか。
自動車の免許を取ったことが、僕の行動をずいぶん自由にした。
夜な夜な僕は子供の頃に見たかった場所の夜の風景を確認するために出かけた。
好きな音楽を聴き、好きな場所へ好きな時間に好きなように出かけられる。
ああ、何と自由なのだろう、と思ったのだ。

それからしばらくすると、僕は夜の街へ酒を飲みに出かけるようになった。
酔っ払ったサラリーマンの姿や艶かしいドレスに身を包んだ女性たち。
それまで何度も通ったことのある場所が、夜には全く違う顔になるのを知った。

上気した顔を風が撫でるのが気持ちいいのを知り、僕はでたらめに街を歩くようになった。
その行き先には、あの頃に布団の中で想像してワクワクしていた場所があった。
真夜中の学校は、本当に怪談に出てくるような不気味な場所になっていた。
あの橋の欄干にある街路灯は、何の味気もない白色でがっかりした。
デパートのネオンは明るく街路を照らしていて、テレビで見た通りだった。

それから …。

朝が来なければいいと祈る夜があった。
夜はいつも優しく、僕はそれに包まれて眠る。
やがて朝が来ると、僕はひたすら夜を待つようになった。

フィッツジェラルドは、そんな僕と一緒に酒でも飲んでくれるだろうか。

彼は、チューリッヒの真夜中どきに、街頭の光の向こうに見えるよその家の食器部屋などをじっと見つめながら、自分はいい人間でありたい、親切で、勇敢で、賢明でありたい、だがそれはいかにもむずかしい、などとしょっちゅう考えていた。そしてまた愛されたいとも考えた。もし自分がそれにふさわしい人間であるならば、と。

名古屋

2017年4月8日

今回名古屋に行ったとき、僕はホテルに泊まった。
妻の実家という手もあるのだけど、何となく気兼ねをしてしまった。

実家に泊まれば、とも思ったが、あの日以来何も手をつけていない家の中は、今にも父や母がヒョイと顔を出しそうで居た堪れない。

故郷というのは、街とか家のことだけではなく、家族や友人たちの事をいうのだな。
両親のいない故郷は、確実に今までとは違う故郷になった。