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デスクからの景色

2017年5月14日

室内のワークスペース ( と書くと何やら大仰だが、要するにパソコンなどを置くスペース ) を窓際に移動したので、ふと目線を上げると、こんな風景が見える。
写真は昨日のものだが、ぼんやりと赤い月が昇り始めていた。
以前住んでいた 9 階とは違って高層階の眺望は望めないし、外を歩く人や走る車の音が結構大きい。

だけど、意外とこの環境が気に入っている。
僕が育った実家は幹線道路の抜け道沿いにあって、昼も夜も車がひっきりなしに走るところだ。さらには商店街の中だったので人通りも多かった。
多分そこに似ているせいだろう。

実家での僕の部屋は西側に窓があったので西日が盛大に当たった。
冬は西風が吹き付けるし夏場は焼けつくように暑かった。
そんな部屋だが、そこにはいい思い出しかない。
もちろん多感な頃を過ごした場所なので、実際には色々あったのだけど、それらは時間の経過が浄化しているのだ。

新しくしたスペースでこれを書いている。
何かが始まるのだ。

2017年5月13日

自分の部屋から夜の外にレンズを向けた写真をどこかで見た気がした。
思い至ったのは木村伊兵衛翁である。
晩年、体調が思わしくない頃、自宅の部屋から外を撮影した写真を思い出していたのだ。

漫然とした重苦しい憂鬱。
体調をおかしくしていると、ずんと心に重しを乗せたような気分になることがある。
窓の外を見ると夜の闇が広がっている。
自分が、その闇の中に沈み込んでいくような感覚に見舞われる。
闇のひんやりとした感覚。
その暗闇を覗き込む時、ふとニーチェの「怪物を倒そうとする者は、自らが怪物とならぬよう気を付けよ。お前が深淵を覗くとき、深淵もまたお前を覗いているのだ」という言葉を思い出す。
これは怪物を倒すくらいの力を持った時、自分も怪物となりうるのだ、という意味だが、暗闇を眺めていると、その奥から何かがこちらを見つめているような錯覚を起こす。

木村翁が何を思っていたかなどは分からない。
しかし、その写真から感じ取った「ひんやり」とした冷気は、たった今僕も感じることができる。

静養

2017年5月5日

どうも調子が悪い。
疲れているのか、精神的なものか。
昨日も突然激しい腹痛に見舞われて大変な思いをした。
一旦リセットしてみようと、今日は思い切って休むことにした。

さて休みなんだから思う存分寝てりゃ良さそうなものだけど、目がすっきりと覚めてしまう。
取り立ててすることもないので、ぼんやりと録画してあった映画を見て、昼ごはんを食べ、読みかけの本を読む。
リセットになったかどうか分からないけれど、静かな一日を過ごしている。

障子の向こう側

2017年5月5日

僕がまだ二つか三つくらいの頃、実家で撮られた写真に、こんな背景で僕が座っている写真がある。
実家は僕が幼稚園に入るかそこらくらいで改築していて、写真はそれ以前もものだから、昭和でいえば 43 年とか 44 年とかだろう。
もちろん今でも和風の建築で家を建てる人も相当数いるのだろうが、当時は「建てる人もいる」のではなく、まだ和風の方が一般的だったと思う。
どの家に行っても居間は和室だったし、フローリングの部屋の方が畳の部屋よりも少なかった。
和室と和室の境には襖があり、和室が部屋以外の場所と接する所には障子があった。

向こう側に光源がないとこうはならないので、その条件から類推すると僕の写真に写る障子の向こう側は短い廊下だったはずだ。
僕の写真に写る障子の向こう側の人は誰だろう。
当時はまだ祖父も叔父も叔母も家にいたし、写真には僕しか写っていないのだから、たくさんの可能性がある。

そんなことを考えながらシャッターを切った。

休日出勤

2017年5月4日

連休だというのに、仕事で呼び出された。
楽しみにしていた約束があったのだけど、仕事とあっては断らざるを得ない。
Y さん、本当にごめんなさい。

顧客がいる以上ある程度のわがままは聞かざるを得ないが、正直嬉しい内容ではないだけに気が重かった。
実際に対応してみても、こちらの気持ちを腐すような事しか言われず、丸一日潰れて残ったのはため息ばかりである。
担当は沖縄でのんびりしてるのになァ …。

そのまま帰宅しても家族にそっけない態度で接してしまいそうだったので、車で出かけたのを良いことにぐるりと都内を流して、喫茶店でコーヒーを飲んで帰った。
店内はカップルと家族連れしかいない。
ま、当たり前といえば当たり前。
反対側のボックス席にいた家族連れの小さい女の子がかわいくて、ちょっと気持ちが和む。
その人の自宅からたった 10 分ほどのところにいるのに、ちょっとした用事も頼まれてくれない保険代理店もいるのになァ。

片っぽ耳飾り

2017年5月3日

何の脈絡もない話だが、最近、渡辺真知子のデビューとその次のアルバムをよく聴いている。
デビュー曲は「迷い道」という歌で 1977 年リリースである。
続いて「かもめが翔んだ日」「ブルー」と立て続けにスマッシュヒットを飛ばし、紅白歌合戦や日本レコード大賞の新人賞も受賞していた。
当時はあまり気にしなかったが、これらすべての曲は彼女の作詞作曲である。
年齢もことを言うのも何だが、彼女は 1956 年生まれなので、1977 年と言えば彼女は 21 歳である。
歌詞を改めて聴くと、今時の 21 歳の感覚とは随分違った印象を受ける。
否、実際はそれほど違わないのかも知れないけれど、言葉の感覚がまるで違うのである。

いつ頃からか分からないが、流行歌の歌詞で女性の立場から男性に呼びかける時に「あなた」から「君」になっている。
難しいことは専門家でもないのでよく分からないけれど、おそらく男女の一般的な関係性が、それまでとは違う方向へ動いたということなのだろう。
渡辺真知子の歌詞は「あなた」の時代の歌詞である。
総じて言えるが、これらの歌詞の中の女性は「耐える女性」である。
それが良いとか悪いの話ではなく、郷愁というか、何となく懐かしさを覚える感覚なのである。
まさに昭和は遠くになりにけり、である。

もちろん楽曲としても粒ぞろいである。
亡き羽田健太郎さんのアレンジやピアノが真知子節と言えるようなメロディアスな世界を引き立てている。
デビューアルバムの中で一番好きな曲を。